銀の風

二章・惑える五英雄
―28話・食堂対策会議―


―翌朝―
遅かった就寝を終え、恨めしいほどに晴れ晴れとした空を見上げる。
もうすぐ朝食だ。こんな非常事態だからあまりおいしくは感じられないだろうが、
食べなければ午前中まともに動けない。
朝食の大切さを経験的に知っているセシルは、王族が日常使う食堂にやってきた。
「おいセシル、俺をここに呼ぶとはどういうつもりだ?」
昨日に引き続き不機嫌そうなカインと、それをなだめるローザがセシルを出迎えた。
「いや、ちょっとね……。あ、もう下がっていいですよ。」
そばにやってきた給仕のメイドにセシルが告げると、彼女は一礼して部屋を出て行った。
それから少したってから、またセシルが口を開く。
「何ってカイン、人払いをするためだよ。」
「そんなことは分かっている。何の話をするつもりだ?
昨日程度の話ならこんなところでなくてもいいはずだぞ。」
朝っぱらから呼ばれた事と、しょうもないセシルの返答にいらいらして、
カインはちっと舌打ちをした。
「遅くなってすまない。」
と、そこにゴルベーザが現れた。
まるで元からこの城の住人であったかのように、その振る舞いは自然だ。
「あぁ、ちょうどいいところに来たね、兄さん。」
それを迎えるセシルもまた、自然そのものだ。
が、この自然で不自然な光景を見過ごすほど非常識ではなかった。
「ぶはっ!おい、ちょっと待てセシル。」
ガタっと勢いよく音を立てて、カインが椅子から立ち上がった。
幸い下には毛足の長い絨毯が敷かれているため、
床とすれるあの耳障りな音は立たずにすんだ。
「待てって言われても……もう着ちゃったんだから今更それはないだろう?」
「どこまでボケをかます気だ?このクラゲ頭。
貴様の頭を潰しても良いか?物には段取りというものがあるだろうが。
ま、クラゲだから仕方ないかもしれないか。」
絶対零度の視線にややたじろぎながらも、
セシルは懸命に弁明を試みる事にした。無理矢理にでも納得してもらわないと、話がこじれかねない。
「いや、だって昨日はもう遅かったし……。
疲れているところに、急に話をしたら悪いと思ったんだよ。」
これは事実だ。実際カインは疲れている様子だった。
そこでいきなり兄が居る事を打ち明けたら、いきさつの説明で夜が明けかねない。
「だからって朝っぱらからはないだろう。
全く……つくづく肝心のところで抜けてるなお前。」
呆れながらも、気を取り直してカインはコップについであるコーヒーを飲んだ。
ストレートな苦味が、砂糖のほのかな甘みと一緒に喉を通り抜けた。
―確かに俺とゴルベーザは因縁の仲だから、心配する気持ちは分かるが……。
ゴルベーザに操られて利用された事は、今もコーヒーより苦い記憶だ。
だが、そのゴルベーザもゼムスに操られ利用されていた。
だから彼を恨んでも仕方がない。悪かったのは、付け入られるような隙を作っていた自分だ。
まだ本人を目の前にしても動じないかといわれるとつらいが、
だからといってぶん殴るほど子供ではない。
「安心しろ。お前が思っている以上に俺は大人だ。
今更、お前の兄に文句を言っても仕方がないだろう?」
カインはセシルが肩透かしを食らうほどあっさりしていたが、
一方のゴルベーザは複雑だった。
「……あの時は、ひどいことをしてすまない。」
「いや……あれはあなたにとっても不可抗力だ。謝る事は何もない。」
一気に微妙な空気が流れ、
どうしたものかとセシルは思いあぐねた。
「あの……2人とも。とりあえずそれは後にしてくれないかな。」
「あぁすまん。大事な話があるのにな。」
「ゴルベーザさんも、そこにおかけになって。」
ローザに促され、ゴルベーザはセシルの隣に腰掛けた。
「で、さっそくなんだけど……兄さん、今回の疫病の事はどう思う?」
「そうだな……この手のことはカイナッツオとスカルミョーネが詳しい。
だから、昨日お前から話を聞いたあと早速伝えた。
多分人為的な力が絡んでいるだろうとのことだ。」
カイナッツオとスカルミョーネも同じように推測したようだ。
ゴルベーザが信用しているのだから、いい加減な事はいえないだろう。
「確かに、普通ならありえない病気ですもの。」
「ただ、彼らは少し気になる事があるとも言った。
普通魔法なら、かけられた本人のそばにいるからといってうつるような事は考えられない。
影響を多少受けることはあっても、あそこまではならないと。
その点だけは、本物の疫病のようだから余計にわからない。」
魔法の一般常識が、話を余計ややこしくしているというわけだ。
勿論この一般常識とは、白・黒などメジャーなものに限っての話である。
詳細不明の魔法も世には多いので、中にはこんなややこしい効力のものがないとも言い切れない。
「……えっと、古魔法とかならどうかしら。」
「古魔法って……フィアスが使えるあれか?」
詠唱の後に白い球が現れたり、優しい光が傷を癒す魔法。
城にいる間に時々フィアスが使った、セシル達が知る古魔法の一部だ。
「それは何だ?」
ゴルベーザが不思議そうにローザにたずねた。
「僕らにもよくわからないけど……神話だと、神々が作った最古の魔法とされているよ。
ローザ、古魔法が関係していると思うのかい?」
「あ、いえごめんなさい。ただ、視点を変えたらどうかと思って。
相手は常識が通じないかもしれないから。言葉が足りなかったわね。」
「なるほど。通常の概念を捨てる、か。
それなら魔法にこだわる理由も無くなるかもしれないな。」
何しろダークメタル・タワーの主といい、セシル達の能力を奪った女といい、
そろいもそろって正体不明だ。ゼムス以上に手がおえない。
もうそろそろ、何でもありだと思ってもいいころあいだろう。
「う〜ん……本当に、出所は一体どこなんだ?」
こんなときだというのに、セシルの言う事を聞いて動く部下が何人いるかわかったものではない。
疫病以上に、そっちの方が頭が痛かった。
度重なるクリスタル強奪の派兵で財政大赤字の挙句、
英雄といえどどこの馬の骨とも知れぬ男が王について貴族たちは不満たらたらだ。
大貴族であるローザやカインが一族ぐるみで睨みを聞かせているから、
表立って反抗するものはさすがに少ないが。
それでも一枚岩とは言い難い。
「その様子だと、お前の部下はずいぶん反抗的なようだな。」
「う……ああ。」
一緒に過ごした経験がほぼ皆無だというのに、
ゴルベーザは的確にセシルの考えている事を当ててしまう。
当てられた本人は不思議がっているが、
カインに言わせれば知らない人間にもわかるぐらいセシルがわかりやすいだけだ。
それでは城の古狸どもに太刀打ちできないとカインは言ったのだが、
本人が努力を始めて半年。未だに改善は見られない。
「こいつが信用できる部下は、
宮廷魔術師のジェイド殿と彼を推薦した宰相殿くらいだ。」
後は、片手に乗るくらいしか居ない。
慕ってくれるのは、残念ながら国の運営にはあまり関われない兵や一般庶民なのだ。
庶民に人気なのはいい事だが、肝心の大臣たちが動いてくれないのは手痛い。
宰相もセシルのために懐柔に回ってくれているのだが、
今のところ素直に従うようになったのは一人。
それも大臣ではなく将軍で、表面はともかく頭の中では何を考えているかわかったものではない。
彼も貴族階級で、他の面々同様孤児から自力で出世したセシルを元々毛嫌いしている。
「つらい立場だな……。」
同情する兄の言葉をセシルは肯定も否定もせず、
ただ渇いた笑いを口からもらした。


クークーの背に乗って、なだらかな山脈を越えるリトラ達。
砂漠側のやや荒れた岩山から、完全に緑に覆われた山へと徐々に景色は変わっている。
力強い羽ばたきで飛ぶクークーの近くを飛ぶ渡り鳥たちが、
その巨大な姿に驚いて逃げている。
「わぁ……すごいながめですね。」
ペリドが目を輝かせて、眼下に広がる壮大な景色を眺める。
「ズーが人になつくとは、意外ですね。
それに……こんなに風が強いとは思いませんでした。」
クークーの飛行速度は、大きな外見とは裏腹に並の鳥よりも早い。
上に乗っていると、風が前から吹き付けてきてけっこうつらいのだ。
「人を襲わない魔物が人を襲うくらいなんだから、なんでもありだろ。」
吹き付ける風に辟易したらしく、リトラはクークーの羽に顔を半分埋めている。
「こいつ、あ〜んまり頭は良くないけど、
力はすっごい強いんだよね〜。あんたら、いい拾い物したじゃん。」
よしよし頑張れよと言う代わりに、
ナハルティンはきれいに整えられた羽をぽんぽんと叩いてやった。
「クー?」
きょとんとした様子で、心持ち首をかしげる。
飛行中だというのに、顔は背に乗っているパーティの方を向いていた。
「あはは、なんかまぬけな顔してる。」
「グー……グィィ!」
目つきをややきつくしたクークーが抗議の声を上げた。
「アルテマおねえちゃん、クークー怒ってるよ。」
「通じたんとちゃう?」
フィアスの目にも、クークーが怒っている事は明らかだった。
ズーは顔の表情が乏しいが、それでも不機嫌オーラは十分わかる。
「え、やっぱり?ごめんクークー、そんなつもりじゃなかったの。
だからご機嫌直してよ〜。」
苦笑いしながら謝ってみたが、クークーはふてくされた様子でだんまりを決め込んだ。
あまり頭が良いわけではないのに、悪口には敏感なのだ。
せっかくこちらを向いていたのに、ぷいっと前を見てしまった。
「ほっとけ。そのうち頭も冷えるだろ。」
「無責任な言い方は感心しませんね。」
「ジャスティスさん、そのくらいはあんまり気にしなくてもいいと思いますけど……。」
ジャスティスが喧嘩の火種をまく前に、
ペリドがやんわりと彼を制止した。
些細な事も見逃さない性格の仲間を持つと、苦労が多そうだ。
「おーい、目的地が見えてきたぞ!」
山脈の山が途切れ、代わりに平野が眼下に広がる。
その中に小さな町らしきものが見えた。
寄り添うように城があるので、恐らく発達途上の城下町だろう。
「クークー、着地の用意はいーい?」
「クー!」
ゆっくりと高度を下げ、町の近くへと一直線に向かう。



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朝っぱらから飯の最中に話し合い。陛下は大変なのです。
後半のリトラ達はのんきなものですけどね。このギャップがなんともはや。
題名が今回ふざけっぽいのは思いつかなかっただけです(爆
クークーの乗り心地は微妙っぽいなぁ・・・。